大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(行ケ)19号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  当事者の求めた判決

一  原告

特許庁が、平成二年審判第三五三二号事件について、平成四年一二月一〇日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二  当事者間に争いのない事実

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和六二年三月一六日、形態を別添審決書写し別紙第一とする意匠(以下「本願意匠」という。)につき、意匠に係る物品を「研磨布紙ホイール」とし、意匠登録第七〇一八九八号意匠(以下「本願本意匠」という。)を本意匠とする類似意匠登録出願をした(昭和六二年意匠登録願第九八九九号)が、平成二年二月九日に拒絶査定を受けたので、同年三月七日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第三五三二号事件として審理したうえ、平成四年一二月一〇日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成五年二月四日、原告に送達された。

二  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願出願前の昭和五七年九月九日特許庁意匠課受入れの内国カタログであるフコク株式会社発行の「未来の研磨材」第一頁所載の研磨布紙ホイールの意匠(特許庁意匠課公知資料番号第JC五八〇一〇〇五四号)であつて、形態を別添審決書写し別紙第二とする意匠(以下「引用意匠」という。)を引用し、本願意匠は、引用意匠に類似するものであるから、意匠法三条一項三号に該当し、意匠登録をすることができないと判断した。

第三  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願意匠及び引用意匠に係る物品が一致することは認める。

両意匠の一致点・相違点の認定中、本願意匠が審決認定の形態を備えていることは認めるが、引用意匠が審決認定の形態を備えているとの点は争う。引用意匠の形態は特定できない。相違点についての判断は争う。

審決は、引用意匠に基づき類似意匠登録出願である本願意匠の登録を拒絶するためには、引用意匠が本願意匠と類似しない場合に限られると解すべきであるにもかかわらず、引用意匠と本願本意匠との類否の判断をしないまま、引用意匠と本願意匠との類否の判断をし(取消事由一)、仮にこの点は問わないとしても、引用意匠と本願意匠との対比において、本願意匠及び引用意匠の形態をいずれも誤つて認定し、その結果、本願意匠が引用意匠に類似するとの誤つた結論に達したものであるから(取消事由二)、違法として取り消されなければならない。

一  取消事由一

(1) 本願本意匠、引用意匠及び本願意匠の出願、登録等の時間的経緯は、次のとおりである。

〈1〉 昭和五七年五月二四日 本願本意匠出願

〈2〉 昭和五七年九月九日 引用意匠特許庁意匠課に受入れ

〈3〉 昭和六一年一二月二三日 本願本意匠登録

〈4〉 昭和六二年三月一六日 本願意匠出願

(2) このように、本願本意匠の出願が、引用意匠の頒布時より前になされている以上、引用意匠が本願意匠の登録を排斥できるのは、引用意匠が本願本意匠と類似していない場合に限られると解するべきである。類似意匠制度は、登録された本意匠が本来有する類似範囲を権利行使の迅速化などの目的のためにあらかじめ確認しておくだけの意味しか有さず、これによつて本意匠の効力範囲が拡張されるわけではないのであるから、本意匠の出願後頒布された刊行物に記載された他人の意匠が本意匠に類似する場合にまで、本意匠の効力範囲にある類似意匠の登録を排斥できるとするとは、本意匠の権利者の保護に欠けることになるからである。

被告は、刊行物の頒布が本意匠の出願後であつても、その登録前であるときは、これに記載された他人の意匠と本意匠との類似性のいかんにかかわらず、頒布後の出願に係る類似意匠が刊行物記載の他人の意匠と類似する限り、類似意匠の登録は排斥される旨主張する。

しかし、この場合、刊行物記載の意匠の実施は、本意匠登録後においては不法行為となること、当業者には本意匠登録前であつても、絶えず意匠公報を閲覧するなどして不法行為をしないという一般的注意義務が課せられていることからすれば、刊行物記載の意匠の創作者が、必要な調査をしたうえ積極的に意匠登録出願を行う等の行為により、意匠制度の目的に合致する行為をしたのなら、善意者として何らかの救済の道を与えることは、類似意匠制度の目的を適うとしても、単に本意匠の登録前に文献を頒布したというだけで、これに対し、本意匠の類似範囲に属する類似意匠の登録を排斥する力が与えられるのは、類似意匠の登録を求める本意匠の権利者にとつて、余りに過酷といわなければならず、被告の上記主張は失当である。

被告は、引用意匠と本願本意匠との関係が明らかに非類似である場合、これについて論ずるまでもないと主張する。

しかし、審決は、引用意匠と本願本意匠とが論ずるまでもなく非類似であるとの判断自体をしていないうえ、引用意匠と本願本意匠のそれぞれの研磨部の厚みがほぼ等しいことが、引用意匠、特許庁意匠課公知資料JC五八〇一〇〇五五号に見られる横に三個並べられた研磨布紙の写真及びこの研磨布紙の意匠公報から推認されることからして、引用意匠と本願本意匠とが明らかに非類似といえないことに照らすと、被告の主張は、独断も甚だしく、失当といわなければならない。

(3) 上記のとおり、引用意匠が本願本意匠と類似するときは、たとい本願意匠が引用意匠と類似するとしても、本願意匠の登録は妨げられないと解すべきであるにもかかわらず、審決は、引用意匠と本願本意匠との類似性につき全く検討しないまま、本願意匠が引用意匠と類似するとの理由だけで本願を拒絶したのであるから、誤つた前提に立つて結論を導いた違法があり、取り消さなければならない。

二  取消事由二

(1) 本願意匠の形態の認定の誤り

本願意匠は、偏平でかつ周側面を垂直面とする大きな略円盤の平面中央部に、この略円盤の直径の約半分の偏平でかつ周側面を上すぼまりの傾斜面とする小さな略円盤を重ねた態様を基板とし、基板について、中心部に小円形の軸孔を貫通し、外周縁に沿つて研磨布紙を細巾の略円環状にして、かつ、それぞれの研磨布紙の各辺による一本線によつて小さな略三角形の鋸歯状を多数現し、底面部は、平面部において基板の中央部に偏平な円盤を重ねて凸状の態様とした部分を逆に略円錐台形状に窪ませて、その外周には、略縦長長方形状の研磨布紙多数の同一側を順次放射状に重合してそれぞれの研磨布紙の各辺の一本線が放射状に現れた研磨部を形成している。

一般的に、研磨布紙ホイールの各部分のうち、看者の注意を強く引くのは、研磨布紙ホイールというものの用途及び使用態様を考慮すると、被加工物の表面に当て、この表面の凹凸等を均一に研磨すべき重要な機能を有する箇所であり、したがつて、その研磨部であると認められるから、本願意匠においても、看者の注意を強く引くのは、その研磨部であり、本願意匠の研磨部の底面は、研磨布紙の各辺の一本線が均一に放射状に現れていることにより、回転している回転体のごとくすつきりした美感を強く印象づけるものである。

なお、本願本意匠と本願意匠とは、研磨部における放射線状の本数及び肉厚に微弱な相違があるにすぎず、主要部はすべて共通している。

ところが、審決は、本願意匠の研磨部につき「その外周には略縦長長方形状の研磨布紙多数の同一側を順次放射状に重合して、略円環状の研磨部を形成した」としか認定せず、これを前提に引用意匠と対比しているが、これでは、引用意匠との対比の前提として本願意匠の研磨部を正しく認定したとはいえない。

(2) 引用意匠の形態の認定の誤り

〈1〉 引用意匠は、基板側及び研磨面側をそれぞれ斜上方から見た写真として示されているだけであつて、全体形状にせよ各部の具体的形状にせよ、これにより把握することは非常に困難であり、審決のように認定することはできない。

〈2〉 審決は、引用意匠の基板の周側面について、「偏平で大きな略円板の周側面を上すぼまりの傾斜面とし、偏平で小さな略円板の同部を略垂直面としている」(審決書三頁一五~一八行)と認定しているが、引用意匠の基板の周側面がこのような形状であるか否かは、引用意匠の写真からは不明である。

すなわち、大きな略円板の周側面については、同円板を写した平面部の写真を見ても、これによつては、同円板が厚みを有すること自体確認できず、したがつて、略円板の周側面が上すぼまりの傾斜面であるか否かは不明としかいいようがなく、また、小さな略円板の周側面については、大きな略円板におけるラベルらしき中巾の略円環状に現した表面と小さな略円板の表面との間に高低差は認められるものの、小さな略円板の周側面が略垂直面であるか否かは、全く不明である。

次に、審決は、引用意匠の底面部の略円錐台形状に窪ませた部分につき、「略円錐台形状に窪ませて底部全面を小円形の軸孔としている」(審決書四頁一~二行)と認定しているが、この認定が誤りであることは、研磨布紙ホイールを装着する場合にあつては、グラインダーの駆動軸を小円形の軸孔に通し、座金を介してナットで締め付け固定して装着するものであるため、座金・ナットが平面的に当接する部位が当然に存在しなければならないのに、審決がこの平面を認定していないことに照らしても、明らかといわなければならず、底部全面を小円形の軸孔としているか否かは不明としかいいようがない。

〈3〉 研磨部については、その肉厚を引用意匠から明らかにすることはできない。審決はこれにつき何ら言及していないが、研磨部肉厚は意匠の類否に大きく影響するものであるから、これに言及しないままに結論を出すことは違法である。

被告は、この点につき、引用意匠の研磨部の厚さは、研磨布紙側を現した三つの写真により十分に認識でき、研磨布紙ホイールの全体形状との関係において、本願意匠も引用意匠も略同様の比率の厚さであつて、この種の研磨布紙ホイールでは極めて一般的な、いわゆる肉厚なものという表現で示すことのできる程度のありふれたものであるので、審決において特にふれなかつた旨主張するが、独断も甚だしいものといわなければならない。

すなわち、研磨布紙ホイールの研磨部は、肉厚であればあるほど、研磨布紙ホイールの寿命が伸びて効率的であることは自然の道理であるから、通常基板部に比べて相当厚めであるが、引用意匠をどのように観察しても、その基板部の厚みと研磨部の厚みの比率は特定できない。本願意匠と本願本意匠とは、基本的形態を同一とし、研磨部の厚さのみにおいて相違するから、本願本意匠の類似意匠としての本願意匠の登録の許否につき、本願意匠と本願本意匠のそれぞれの研磨部の厚さの比較が問題になる余地があるとしても、研磨部の厚さも明確に観察できない引用意匠に基づいて本願意匠の登録を拒否することが許されるべきではない。

〈4〉 要するに、引用意匠につき類否判断の基本とすべきその全体形状の特定ができない以上、審決のように部分的相違のみを対比しても意味がなく、また、その部分的相違の対比も、部分の形状の特定ができない以上、不可能としかいいようがないのである。

(3) 両意匠の対比について

〈1〉 基板は、既に述べたとおり、本願意匠のものが「偏平でかつ周側面を垂直面とする大きな略円板の平面中央部に、この略円板の直径の約半分の偏平でかつ周側面を上すぼまりの傾斜面とする小さな略円板を重ねた態様」であるのに対し、引用意匠のものはその形態が不明であるから、両意匠がこの点で共通するということはできない。

〈2〉 研磨部の底面は、本願意匠においては「略縦長長方形状の研磨布紙多数の同一側を順次放射状に重合してそれぞれの研磨布紙の各辺の一本線が放射状に現れた研磨部」であるのに対し、引用意匠においては「研磨布紙を二枚一組として同一側を順次放射状に重合してそれぞれの二枚一組の研磨布紙の隣接各辺の二本線が放射状に現れた研磨部」である。

上記相違に基づき、本願意匠と引用意匠との間には、本願意匠が、回転している回転体のごとくすつきりとした美感を看者に強く印象づけるものであるのに対し、引用意匠は非常にごつごつとした無骨な印象を与えるにすぎないという点で、大きな相違がある。

引用意匠の研磨部の底面の上記態様は引用意匠が掲載されているカタログの写真からは必ずしも明らかでないが、同じカタログ所載の特許庁意匠課公知資料JC五八〇一〇〇五五号に見られる横に三個並べられた研磨布紙の写真及びこの研磨布紙の意匠公報から推認できる。

研磨部の底面中央部は、本願意匠において「平面部において基板の中央部に偏平な円盤を重ねて凸状の態様とした部分を逆に略円錐台形状に窪ませ」てあるのに対し、引用意匠におけるものの形態は不明であるから、両者がこの点において共通するということはできない。

〈3〉 基板の外周縁における研磨部は、本願意匠において「外周縁に沿つて研磨布紙を細巾の略円環状にして、かつ、それぞれの研磨布紙の各辺による一本線によつて小さな略三角形の鋸歯状を多数現し」たものであるのに対し、引用意匠においては「外周縁に沿つて二枚一組の研磨布紙を細巾の略円環状にして、かつ、それぞれの二枚一組の研磨布紙の隣接各辺による二本線を放射状に多数現した」ものとなつている。

本願意匠と引用意匠とは、上記相違からも、本願意匠は、回転している回転体のごとくすつきりとした美感を看者に強く印象づけるものであるのに対し、引用意匠は非常にごつごつとした無骨な印象を与えるにすぎないという点で大きな相違を有するに至つている。

被告は、基板の外周縁に沿つて小さな略三角形の鋸歯状を多数現した態様の研磨体は、本願出願前から存在するとして、登録第四一〇三一四号意匠公報、登録第六六八六一八号意匠公報、特開昭五〇-八五九八五号公報を挙げる。

しかし、登録第四一〇三一四号意匠公報のものは、鋸歯状が基板の外周縁に連続的に形成されていず、左右の鋸歯状は明白に間隔を有し、本願意匠におけるように順次放射状に重合していないため、基板に対するイメージが殺風景なものとなつており、登録第六六八六一八号意匠公報のものは、研磨布紙を二枚一組として同一側を順次放射状に重合しているため、基板の外周縁に沿つた鋸歯状は、煩雑な形状を呈し、本願意匠におけるように調和感を呈しておらず、特開昭五〇-八五九八五号公報のものは、基板と研磨布紙との関係が明確でない。

これら各公報記載のものが基板の外周縁に沿つて小さな略三角形の鋸歯状を多数表した態様であつたとしても、これらは、いずれも、基板と鋸歯状の関係から受けるイメージにおいて、本願意匠のものとは異なつているから、技術的思想の異同の問題となる特許・実用新案におけるのとは異なり、美感の問題となる意匠としての類否を問題とする本件においては、意味を持たないといわなければならない。

〈4〉 両意匠において最も看者の目に触れやすい箇所である研磨部の与える印象が顕著に異なることは上記のとおりであるから、両意匠は、意匠全体として、看者に強く訴える美感において明らかに相違するものである。

したがつて、この相違を部分的相違であつて全体観察に影響を及ぼすものではないとし、本願意匠を引用意匠に類似するとした審決は、明らかに誤つているといわなければならない。

第四  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

一  取消事由一について

本願本意匠、引用意匠及び本願意匠の出願、登録等の時間的経緯が原告主張のとおりであることは認める。

しかし、上記事実の下では、引用意匠と本願本意匠との類否のいかんにかかわらず、本願意匠が引用意匠に類似する場合には、本願意匠の登録は拒絶されるべきである。

意匠法一〇一条一項は、「意匠権者は、自己の登録意匠にのみ類似する意匠(以下「類似意匠」という。)について類似意匠登録を受けることができる。」と規定し、自己の登録意匠のみを新規性判断の資料から除外している。

したがつて、出願された意匠が、自己の登録意匠に類似すると同時に他人の意匠にも類似するときは、これとの混同を避けるために類似意匠登録を許さないというのが、意匠法の立場である。

原告は、類似意匠として出願された意匠が、本意匠に類似すると同時に、本意匠出願後本意匠登録前頒布された刊行物記載の他人の意匠であつて本意匠に類似する意匠に類似するときも、類似意匠としての登録が認められるべきである旨主張する。

しかし、〈1〉意匠法には特許法があるような公開制度があるわけではないから、出願から登録までは他人がその意匠の存在を知ることはできず、また、そうである以上他人にその調査義務があるとすることもできないので、本意匠登録前の本意匠類似意匠の実施行為を不法行為ということはできないこと、〈2〉意匠権の効力という点から見た場合、意匠権は設定の登録により発生するものであり(意匠法二〇条)、その効力は意匠権設定の登録前まで遡るものではないから、本意匠の登録出願後であつても登録前に頒布された意匠が本意匠に類似していてもこれを不法行為とすることはできないこと、〈3〉意匠法二六条二項後段は、登録意匠に類似する意匠と先願に係る他人の意匠権とが抵触する場合について規定し、意匠登録出願が後である権利者は、その重複する部分について意匠権を実施することができない建前を採用し、登録された意匠であつても、特定人との関係においてその効力が制限される場合があることを規定していること(この場合、類似意匠登録出願は、本意匠と類似する場合であつても、他人の意匠権との関係で、拒絶されることになる。)に照らすと、本意匠出願後登録前の刊行物記載を本意匠との関係において不法行為とすべき理由は全く存在しないから、このような意匠を類似意匠登録出願の新規性判断の資料から除外すべき理由はないといわなければならない。

また、仮に上記の点につき原告主張の解釈を採るとしても、引用意匠と本願本意匠とが非類似であることは、論ずるまでもなく明らかであり、このような場合にまで、類似意匠登録出願の登録要件を審査するに当たり、引用意匠と本意匠との関係をことごとく検討しなければならないというのは、明らかに不合理というべきである。

以上のとおりであるから、引用意匠と本願本意匠との類否の判断をしないまま引用意匠と本願意匠との類否を判断した点をとらえて、審決を違法とすることはできない。

二  同二について

(1) 本願意匠の形態について

本願意匠の形態は、審決認定のとおりである。

原告は、本願意匠の研磨部につき、審決が「その外周には略縦長長方形状の研磨布紙多数の同一側を順次放射状に重合して、略円環状の研磨部を形成した」と認定した点をとらえて、これでは本願意匠を正しく認定したもとのはいえないと主張するが、失当である。

すなわち、本願の願書に添付された図面の「平面図」及び「底面図」には、その研磨布紙の形状を示す形状線は一本の実戦で示されており、これは、原告のように、特に「それぞれの研磨布紙の各辺の一本線が放射状に現れた研磨部を形成している。」と一本線を強調して認定しなければならないほどのものではない。

(2) 引用意匠の形態について

〈1〉 引用意匠は、フコク株式会社発行の「未来の研磨材」第一頁の左下に、縦方向に三つ掲載された研磨布紙側を現したホイールと、上段右に一つ掲載された基板部側を現したホイールの写真とによつて示された研磨布紙ホイールの意匠である。

上記写真は、物品を斜め上方から見た状態(視点を前方斜め上方とする一点透視図)で撮影されたものであり、この方法は、物品の奥行き・立体感・遠近の効果等が最もよく現れるため、視覚情報手段として一般的に用いられるものの一つである。現に、上記写真を総合して全体として見ると、それによつて現される意匠の具体的形態は、当事者の立場から合理的、客観的に判断する限り、視覚を通して十分に認識し特定することが可能である。

したがつて、上記写真では意匠の形態を特定することができない旨の原告主張は、失当である。

〈2〉 基板部について、引用意匠の写真中、基板部側を撮影したものには、基板を形成する大きな円形の周縁に環状に表出される暗調子の細巾帯状部の態様が、基板を前方斜め上方を視点にして撮影したため、楕円形に現れている。そして、この暗調子部によつて形成される大小二つの楕円をつぶさに見ると、小さい楕円の中心は大きい楕円の中心よりわずかに上方に偏移していることが認められる。これは、小さい楕円の上面はこの楕円の中心が偏移した分だけ大きな楕円の上面より上方に移動したこと、すなわち、そこに厚みが形成されていることを意味する。

さらに、この厚みとして現れる周側面については、周側面として表出される環状の暗調子部の態様が、手前から後方に向け左右対称に漸次幅狭に現れていることから、この部位は上向き斜め状であるということができる。

また、この基板の中央に表出する小さい環状の暗調子部については、その左右両端が略垂直状と認められるので、この小さい暗調子部の上面は少なくとも基板の上面より上方に突出し、かつ、周側は略垂直面と認定して差し支えない。

次に、基板の底面部については、研磨布紙が現されている側の写真から判断すると、研磨布紙に囲まれた暗調子部のその中央下方部位に表出される明調子の小さい楕円の中心が上記の暗調子の楕円の中心下方に偏移していること、この暗調子部の左上方部位には明調子のハイライトが上下幅一杯に現れていること等、掲載写真に表れた陰影、ハイライト、物品の形態を現す形状線の変化等を総合し全体として判断すると、研磨布紙に囲まれた暗調子部は、全体がすり鉢状を呈するものであると認定することができる。

基板の底面部の略円錐台形に窪ませた底部の小円形については、この種の円板状の研磨布紙ホイールにあつては、これをグラインダーに装着するため、ホイールの基板部にグラインダーの駆動軸を通す軸孔を形成することは構造上当然必要とされるものであること、基板の底面部の略円錐台形状に窪ませたその底部に、原告が座金、ナットが当接すると主張するフランジ部が存在することが写真では全く認められないこと、基板部側を現した写真のホイールの中心には、この軸孔に対応する略円形の軸孔が現されており、この軸孔部には軸孔の影が一部現れていることを総合して判断すると、基板の底面部の略円錐台形状に窪ませた底部は、全面が軸孔であると認定しうる。

この点についての原告主張は、この種の形態の研磨布紙ホイールの一般的態様による固定的観念に基づく主張という以外になく、失当である。

以上のとおりであるから、具体的態様における両意匠の相違点として、引用意匠の基板の周側面につき、「偏平で大きな略円板の周側面を上すぼまりの傾斜面とし、偏平で小さな略円板の同部を略垂直面とし」(審決書三頁一五~一七行)、基板の底面部につき「平面部に於いて基板の中央部に偏平な円板を重ねて凸状の態様とした部分を逆に略円錐台形状に窪ませ」(同三頁五~七行)、底面部の略円錐台形状に窪ませた部分につき「略円錐台形状に窪ませて底部全面を小円形の軸孔とし」(同四頁一~二行)と認定判断した審決に何らの誤りもない。

〈3〉 審決が引用意匠の基本的な構成態様として認定するところ(審決書二頁一九行~三頁九行)は、形態の特徴を最もよく現す骨格的態様を、その形態の基本として認定したものである。

引用意匠の上記写真から視覚を通じて認識できる研磨布紙の態様は、形態全体として見ると、特に研磨部を注視して見たとしても、研磨布紙の重合部に認められるものは、重合部の側端に明調子の極めて細い線状のハイライトが、二本(研磨布紙側を撮影した三写真のうち上段、中段のもの)あるいは一本(同下段のもの)、略平行に現されている程度のことであり、これを基本的な構成態様の要素として認定したり、具体的態様として採り上げ評価したりするほどのものとすることは到底できない。

したがつて、審決が、引用意匠の研磨布紙につき、「その外周には、略縦長長方形状の研磨布紙多数の同一側を順次放射状に重合して、略円環状の研磨部を形成し」(審決書三頁七~九行)と認定したことに、誤りはない。

原告は、審決が引用意匠の研磨部の厚さに言及していないのは違法であると主張し、また、この厚さを特定することはできないと主張する。

しかし、引用意匠の研磨布紙を撮影した三本の写真によれば、その厚さは十分認識できる。そして、研磨布紙ホイールの全体形状との関係において、本願意匠も引用意匠も、この種の研磨布紙ホイールとして極めて一般的な、いわゆる肉厚のものという表現で示すことのできる程度のありふれたものであるので、審決において特に採り上げることをしなかつたまでのことである。

原告が主張の根拠にする基板の外周縁に沿つて小さな略三角形の鋸歯状が多数現れる「研磨体」は、本願出願前より存在するものであることは、乙第三~第五号証によつても明らかであるから、このことを根拠に上記鋸歯状が本願意匠を特に特徴づけることはない旨認定判断した審決に誤りはない。

〈4〉 意匠登録出願に係る意匠の類否判断の対象となる意匠は、掲載された写真、図面等の表現媒体に表出された陰影、ハイライト、明度差、形状線の変化等すべてを総合して、その形態が意匠法二条に規定する意匠、すなわち「物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であつて、視覚を通じて美感を起こさせるもの」として認識されるものであればよい。

そして、引用意匠の写真によれば、引用意匠の基本的な構成態様が、審決認定のとおり、「偏平で大きな略円板の平面中央部にこの略円板の直径の約半分の大きさの偏平で小さな略円板を重ねた態様を基板とするものであつて、その基板について、中心部に小円形の軸孔を貫通し、外周縁に沿つて研磨布紙を細巾の略円環状に現したものであつて、底面部は、平面部に於いて基板の中央部に偏平な円板を重ねて凸条の態様とした部分を逆に略円錐台形状に窪ませて、その外周には、略縦長長方形状の研磨布紙多数の同一側を順次放射状に重合して、略円環状の研磨部を形成し」(審決書二頁一九行~三頁九行)たものであることは明らかであり、また、各部の具体的態様が上記写真により審決認定のとおり認められることは、既に述べたとおりである。

(3) 両意匠の対比について

原告は、本願意匠と引用意匠とは、本願意匠が、回転している回転体のごとくすつきりとした美感を看者に強く印象づけるものであるのに対し、引用意匠は非常にごつごつとした無骨な印象を与えるにすぎないという点で大きな相違を有すると主張するが、これは、実施物に基づく意匠の材質から受ける印象、あるいは写真と図面との違いによる表現方法の差から受ける印象をいつているにすぎず、両意匠の類否判断に何らの影響を与えるものではない。

第五  証拠《略》

第六  当裁判所の判断

一  取消事由一について

意匠法は、その一〇条一項において、「意匠権者は、自己の登録意匠についてのみ類似する意匠(以下「類似意匠」という。)について類似意匠の登録を受けることができる。」と規定し、同法三条及び九条の定める意匠登録要件の特例としての類似意匠登録が許される要件として、類似意匠として出願された意匠が自己の登録意匠(本意匠)に類似するという積極的な要件と、それが他人の意匠に類似しないという消極的な要件を挙げている。

そして、同法は、その一〇条二項で「前項の規定により意匠登録を受けた類似意匠にのみ類似する意匠については、前項の規定は、適用しない。」と規定することにより、上記積極的な要件に例外があることを定めているが、消極的な要件については、他人の意匠と本意匠との類否に関する場合を含め、何らの例外も定めていない。

すなわち、同法の規定の文言解釈上、上記消極的要件の判断の資料となる他人の意匠に特段の制限はなく、これについては、同法三条及び九条の規定する原則が適用され、類似意匠登録出願に係る意匠が他人の意匠に類似するときは、他人の意匠が類似意匠登録出願に係る意匠の本意匠に類似するかどうかを問うことなく、出願は拒絶すべきことになる。

そこで、この文言解釈に対して、類似意匠制度が設けられた趣旨から特に制限を設ける必要が認められるかどうかを検討するに、類似意匠制度は、原告も認めるように、登録された本意匠に本来認められる類似の範囲を権利行使の迅速化などの目的のためにあらかじめ確認しておくだけの意味しか有さず、これによつて本意匠が本来有する効力範囲(意匠法二三条)を拡張するものではないと解するのが相当であるから、類似意匠が登録されるかどうかにより、本意匠が本来有する効力範囲は法律上影響を受けるものではないというべきである。類似意匠制度がこのような趣旨のものと解される以上、類似意匠の登録要件につき、意匠法の定めるところを特に制限解釈して、本意匠の出願後であつて類似意匠登録出願前に公知となつた他人の意匠あるいはこの間に出願された他人の意匠をもつて類似意匠登録出願の許否を決する資料とする場合について、常に本意匠との類否の判断が先行しなければならないとする特段の理由はないといわなければならない。

これに対し、本意匠の出願後であつて類似意匠登録出願前に公知となつた他人の意匠あるいはこの間に出願された他人の意匠が本意匠に類似するときは、この他人の意匠は本意匠の意匠権の効力の及ぶ範囲に属するものとして実施が許されないから、これに類似意匠登録を阻止する効力を認めることは、類似意匠制度の趣旨に反するとの説があるが、上記他人の意匠が本意匠の意匠権の効力の及ぶ範囲に属するものとして実施が許されないかどうかを決定することは、本来具体的事案に法を適用する司法裁判所の権限に属する事柄であつて、意匠登録出願の審査になじまない性質のものであり、また、本意匠の出願後であつて類似意匠登録出願前に公知となつた他人の意匠あるいはこの間に出願された他人の意匠が本意匠に類似するときであつても、例えば、この他人の意匠が本意匠を知らないで創作された意匠であつて、この者が本意匠の意匠登録出願の際現に日本国内においてその独自の創作に係る意匠又はこれに類似する意匠の実施である事業をしていた等先使用権の成立要件を備えている場合のように、上記他人の意匠の実施が、常に本意匠の意匠権に対する関係で許されないとはいえない場合があることを考えれば、上記「実施が許されない」ことを主たる理由とする上記の説は採用できないといわなければならない。

原告は、本意匠の出願後公知となつた他者の意匠が本意匠に類似する場合にまでこれを類似意匠登録を排斥する資料とするのは、出願人に余りに酷である旨主張するが、類似意匠制度の趣旨が上記のとおりであり、類似意匠登録が認められないからといつて、出願人の有する本意匠権の効力がそれによつて法律上縮小するわけではないことからすれば、これを格別酷なものと見る必要はないというべきである。

以上のとおりであるから、引用意匠と本願本意匠との類否判断をしないまま引用意匠と本願意匠との類否判断を行つた点をとらえて、審決に違法があるとすることはできない。

原告の取消事由一の主張は理由がない。

二  同二について

(1) 本願意匠と引用意匠とは、意匠に係る物品を「研磨布紙ホイール」とする点で一致することについては、当事者間に争いがない。

(2) 本願意匠が、「偏平で大きな略円板の平面中央部にこの略円板の直径の約半分の大きさの偏平で小さな略円板を重ねた態様を基板とするものであつて、その基板について、中心部に小円形の軸孔を貫通し、外周縁に沿つて研磨布紙を細巾の略円環状に現したものであつて、底面部は、平面部に於いて基板の中央部に偏平な円板を重ねて凸状の態様とした部分を逆に略円錐台形状に窪ませて、その外周には、略縦長長方形状の研磨布紙多数の同一側を順次放射状に重合して、略円環状の研磨部を形成し」(審決書二頁一九行~三頁九行)た基本的構成態様を備えていること、その具体的形態として、基板の周側面について、「偏平で大きな略円板の周側面を垂直面とし、偏平で小さな略円板の同部を上すぼまりの傾斜面とし」(同三頁一三~一四行)、底面部の略円錐台形状に窪ませた部分について、「略円錐台形状に窪ませて中心部に小円形の軸孔を設け」(同三頁一九~二〇行)、平面部において、基板の外周縁に沿つて細巾の略円環状に現した研磨布紙について、「小さな略三角形の鋸歯状に多数現している」(同四頁二~五行)ことについては、当事者間に争いがない。

原告は、引用意匠の写真からは、引用意匠の全体形状にせよ各部の具体的形状にせよ、これを把握することが困難であると主張する。しかし、引用意匠の写真を検討すれば、引用意匠もまた、審決が認定した基本的構成態度を備えものであることは十分に認められ、また、その具体的形態として、被告主張のとおり、基板の周側面について、「偏平で大きな略円板の周側面を上すぼまりの傾斜面とし、偏平で小さな略円板の同部を略垂直面とし」(審決書三頁一五~一七行)、底面部の略円錐台形状に窪ませた部分について、「略円錐台形状に窪ませて底部全面を小円形の軸孔とし」(同四頁一~二行)、平面部において、基板の外周縁に沿つて細巾の略円環状に現した研磨布紙について、「細巾の略円環状に現して研磨布紙が重なつた外形線を放射状に現している」(同四頁六~七行)ものであることが明らかである。

(3) そこで、本願意匠と引用意匠を対比すると、両意匠は、その基本的態様において一致し、この基本的構成態様によつて、まとまつた全体的意匠構成が構成されていると認められるから、これが両意匠の類否を分ける要部となると認めるのが相当である。

これに対し、上記基本的構成態様の範囲内での具体的形態における相違点は、何か特別な要素が加わらない限り、どのようなものであれ、視覚を通じて起こさせられる美感に意味のある差異を生じさせるだけの力を持たないものとして、両意匠の類否判断の結論に影響を及ぼさないというべきである。

これを審決が相違点として認定した点その他の点について述べると次のとおりである。

〈1〉 両意匠の基板の周側面の差異は、「偏平で大きな略円板の平面中央部にこの略円板の直径の約半分の大きさの偏平で小さな略円板を重ねた態様を基板とする」という両意匠に共通の上記基本的構成態様の下では、その違いが両意匠の美感の差異をもたらすほどのものとは認められない。

〈2〉 底面部の略円錐台形状に窪ませた部分の差異は、底面部の一部である略円錐台形状に窪ませた部分の更に一部分に係るわずかな違いであるから、全体として目立つものではなく、「平面部に於いて基板の中央部に偏平な円板を重ねて凸状の態様とした部分を逆に略円錐台形状に窪ませ」たという両意匠に共通の上記基本的構成態度の下で、その違いが全体に及ぼす影響は微弱というべきである。

〈3〉 平面部において、基板の外周縁に沿つて細巾の略円環状に現した研磨布紙の形態を見ると、上記のとおり、本願意匠が小さな略三角形の鋸歯状を多数現しているのに対し、引用意匠は、細巾の略円環状に現していることが認められる。

しかし、《証拠略》によれば、基板の外周縁に沿つて小さな略三角形の鋸歯状が多数現れる「研磨体」は、本願出願前より存在することが認められ、このことと、外周縁に沿つて現れる部分がわずかであることからすれば、この相違を両意匠の全体の特徴の相違を示すものとして重視することはできず、したがつてまた、両意匠間のこの相違が両意匠の類否に及ぼす影響も微弱といわなけばならない。

〈4〉 研磨布紙の重合部分の線の向きが、本願意匠においては軸孔の中心点に向かつていないのに対し、引用意匠においては、この線が軸孔の中心点を中心とする放射状に近いものと認められる。

しかし、《証拠略》によれば、研磨体の重合部分の線の向きが、軸孔の中心点に向かつていないものも、この線が軸孔の中心点を中心とする放射状に近いものも、いずれも本願出願前より存在することが認められるから、この点も、ありふれた形態として、両意匠の類否判断において重視することはできない。

〈5〉 研磨布紙の重合部の線が、本願意匠においては一本であるのに対し、引用意匠については、引用意匠の写真中に二本に見えるものと一本に見えるものがあることが認められるが、引用意匠においても一本に見えるものがあることからもわかるように、この点の相違は、看者の受ける印象に大きな影響を与えるものではなく、この点も、両意匠の類否判断において重視することはできない。

〈6〉 上記写真によれば、引用意匠の研磨部がある程度以上の厚さを有することが認められるが、その厚さは、本願意匠のそれと対比して、特段のものとは認められず、これをもつて、引用意匠を本願意匠と別異の意匠とするほどの差異ということはできない。

(4) 以上のとおり、本願意匠と引用意匠とは、両意匠の類否を分ける要部と認めるべき、基本形構成態様において一致するのであるから、両意匠は、その具体的形態における差異を考慮しても、全体としては類似するものと認められ、この認定の妨げとなる資料は、本件全証拠を検討しても見出せない。

したがつて、本願意匠は引用意匠に類似するとした審決に誤りはない。

原告の取消事由二の主張も理由がない。

三  以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき理由は見当たらない。

よつて、原告の主張を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 木本洋子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例